日本の民俗文化では、特別な儀式を行う「ハレ」と、普段の生活を行う「ケ」を区別してきました。
卒業式もハレの一つで、伝統的な社会的規範が今もなお大切に守られています。
ハレ(晴れが語源):セレモニーや祭り、年中行事などの非日常
ケ(褻):デイリーライフ 日常
しかし、柳田國男の研究によると、かつては明確に分かれていた「ハレ」と「ケ」が曖昧になり、日本の風習が変化する時代となったそうです。
柳田氏の時代よりもっと変化が進んでいる現在では、ハレとケの区別は、日本全体では、さらに曖昧になってきています。
儀式を伝統的な形で、寸分たがわず行うことが、ハレの目指すところではなく、ハレの日を日常と区別して、卒業や入学であれば、子ども達の成長や門出に際して、敬意を態度や言動、服装において敬意をあらわし、感謝の気持を持てるようにすることが、本来のハレの目指すところではないかと思います。
小学校卒業式で行われる「呼びかけ」も古い伝統なのかと思われるかもしれませんが、昭和30年、1955年に群馬県佐波郡島村の島小学校という小さな小学校で斎藤校長(斎藤喜博(さいとう きはく、1911~1981年))の台本の下、行われたのが始まりです。 以前は、君が代斉唱、来賓の言葉などだけで終わった卒業式に、感動が加わるように、斎藤校長がはじめたものです。門出の言葉、感謝の言葉、友人や教師、在校生との一体感など特別な雰囲気が、呼びかけや合唱によって、もたらされることから、全国に広がりました。
このような呼びかけや合唱など子ども達自身も参加してつくりあげる卒業式が丁寧に行われると、仲間に囲まれた子ども達に帰属意識が生まれ、子ども達が、努力の成果を認めてもらい、学校、家族が、大きな節目を祝い、旅立ちを見守る時間が完成します。
この時間を厳粛な態度と礼儀を尽くした服装で迎えることは、敬意の気持ちを表すことにつながり、行動、服装、気持ち、すべてのハレの要素が重なり合って、卒業式が、人生において、貴重な日として、何年も記憶に残っていくのではないかと感じられます。
アメリカとオーストラリアで家族の卒業式にいくつか参加した経験があります。 卒業は重要なことで大きなイベントであることや、師や友人への感謝と祝いの心をもつ部分は一緒で、幸せな思い出となりましたが、日本の卒業式はより厳粛で、神聖であり、涙を誘います。アメリカ、オーストラリアの卒業式は、華やかに祝って、卒業に至る努力を称えるという意識を強く感じますが、わたしが出席した学校の卒業式に関しては、門出と成長をできるだけ盛大に称えて、子ども達への愛情を示す部分が大きく、神聖というより、笑顔と慈しみ、花火を打ち上げるようなお祝い気分がメインでした。
日本の卒業式が、あれほど厳粛なのは、日本のハレとケという概念を生み出すような独特の民俗文化が背景にあり、今もなお、厳然とその概念が日本人の中に残っているからなのかと思えます
※小学校卒業式の袴姿について
小学校や保育園の卒業式で袴を着ることは、子どもにとって特別なことで、ハレの日感を強めますが、「お金がかかる」「帯がきつくて苦しい」という批判もあります。
キャサリンコテージでも袴セットを販売しています。この袴セットは、もともと、和装に全くなれない世代のお母様やお子様が、着付けや価格の面で、洋服のように、気軽に着ることができる袴セットをつくろうということで、企画立案されたものであるため、イオンなどの量販店で販売されている一般的な卒業式用のスーツセットよりも低価格で提供されています。
これは、袴セットを着物 というよりも、前合わせの上着とブロックプリーツのスカート(ただし脇に開きがあり、背中に帯の膨らみがある)ということで見直し、外観は完全に和装 構造は洋装で仕立てたもので、そもそも着物の着付けとは異なります。
最初の考え方が違うので、多分、着物では邪道となるであろうボタンとゴムを利用することで、帯のように見えるものを使って袴を着物につなぎとめている形になっています。
よって、帯で体を締め上げることもないので苦しくもありません。
丈は、ブーツを履くのを前提にしているため、短めになっているので、卒業証書授与の際に、上下する際、転倒しにくく、初めてでも15分で着られます。(うちのスタッフは撮影の時は3-5分で着せます)
このスタイルは、早朝からサロンに通う必要もなく、着慣れた人なら5分、知識がなくても15分程度で着こなすことができます。着用後は、家で洗うことができ(クリーニングは、薬剤が生地を傷めるため、クリーニング不可としています。)クリーニング代もかかりません。
ベテランのデザイナーが長年かけて作り上げた作品は、スタイリッシュさを保証しながらも、和装に馴染みのない方にも簡単に着ていただけます。柄は、京都の絵師に依頼し、レースや刺繍生地などの素材も豊富。コストと着心地を両立させた上で、和の美しさと艶やかさを再現させる努力を見ていただけると嬉しく思います。
この作品の企画から仕上げ・改善まで行った元橋弘子デザイナー(2020年に急逝)に心からの敬意と愛をこめて